就活ルールの廃止で就活・採用はどのように変わるのか
経団連の会長が現行の就活ルールを2021年から廃止することに言及したことは、大きなニュースとして日本中を駆け巡りました。実際に行われるようになれば、学生の就職活動や企業の採用活動の形が大きく変わり、日本の就業慣行そのものが変わると言われています。
大学で就活サークルを運営する酒井君は、当然この話題に関心が高い一人です。酒井君は、経営コンサルタントのK・エーイ氏と、この変化が社会にもたらす影響について話してみることにしました。
就活ルールが「変更」ではなく「廃止」になるかもしれないのは衝撃
―エーイさん、おはようございます。あの、就活ルールが廃止になるかもしれないってニュースお聞きになりました?
おはようございます。はい、あちこちのメディアで報道されていましたから、飽きるほど耳にしましたね。でも、面白くなってきたという気もしますね。
―今までも就活ルールって何度も変わっていたと思うのですが、何でまた今回はこんなに騒がれているんでしょう?大学の就活サークルでも、何かすごそうだけどよくわからないって話で持ちきりです。
そうですね、感覚的にピンと来ない人が多いのかなと思いますけど、今回のは今までのと全然違うんですよ。だって、就活ルールが「変更」ではなく、「廃止」なわけですから。
―就活ルールが「廃止」…。言われてみると、変更とは違いますね。ということは、いつから採用が始まるとか、そういう話ではないということでしょうか?
そういうことです。現在、就活ルールとして定められている「3月から説明会開始」や「6月から採用活動を開始」などのルールや、それに基づくスケジュールが完全に無くなるということですね。もっと言えば、就活を大学4年生にこだわる必要もないでしょうね。
―うわー、それは大変な変化ですね!ええと、確か2021年からって話だから、僕は関係ないのかな。良かったような気もするけど、そうでもないのかな。それにしても、就活ルールが廃止になるとどのような影響が出るんでしょうね?
そもそも就活ルールは何のためにあったのか
就活ルールっていうのは、経団連が企業の採用活動に関して自主的に取り決めたルールのことで、学生の負担を減らしつつ、また公平な採用活動ができるように決められたものです。
―今の就活ルールは3月から説明会開始、6月から採用開始、10月から内定を出して良いでしたよね。
さすが就活サークルの部長、よく知っていますね。この就活ルール、自主的なものなので罰則規定などはないですし、経団連の所属企業以外は特に守る必要すらありません。そのため、ルール違反が次々と出ているのが問題になっていますね。
―就活ルールって、よく変更されるんですけどこれはどうしてですか?
就活ルールの変更は、表向きは学生の負担を減らすためだと言いますね。大学の最終学年にもなれば、自分で論文を書いたり研究をしていかなければなりません。しかし、実際には就活に多くの時間を取られ、特に地方の学生は都市部にまで出向く機会も多く経済的にも大変です。
―よく聞く話ですね。だから、できるだけ3年生までに単位を取っておけと言われますね。
そうですね。ですが、裏ではやはり企業は競争をしているものですから、優秀な人材が外資や新興の企業に流れてしまうのを経団連の参加企業は面白くないと思っているんですね。昔は新卒一括採用が都合が良かったのですが、今はそう言っていられなくなっているため、経団連の、つまり大企業のためにも就活ルールを少しずつ変えているわけです。
―大学側としては就活ルールの廃止をどう考えているんでしょうね?
大学側としては、できるだけ就職活動については短く終わらせてほしいんです。大学の最終学年が消化試合のようになる人もいますし、研究に打ち込めない人も少なくありません。また、就活のために浮ついた雰囲気になると、研究者を目指して進学する生徒たちにも悪影響があります。それに、学生が所属している大学より企業を見ている様子は学校側は面白くないですよね。だから、就活ルールをしっかり決めてもらった方が準備や対応ができる分助かるんです。
―みんな、いろんな考え方があるんですね。でも、そういった理由で作られた就活ルールがどうして廃止されるような話になってしまうんでしょう?都合の良いように変更するだけじゃダメなのかな。
就活ルール廃止が検討される背景に「優秀な新卒が欲しい」がある
就活ルールの廃止が他でもなく経団連の会長から出てきたのは決して偶然ではありません。明確に今の状況を経団連が面白くないと考えていて、これを何とかしたいと思っているからです。
―そりゃ、優秀な人材が外にどんどん取られていたらそう思いますよね。
他にも、大学の推薦枠であったり、大企業にOBやOGがたくさんいたり、政府の要人が言外にお願いしたりと、大企業にはどこか「新卒を取らねばならない」というプレッシャーもあるんです。
―そうなんですか?知らなかった。
就活ルールの廃止は企業にとっても良いこともあるのですが、今の時代は従業員の育成にあまり時間をかけたくないというのが本音なんです。それなら、即戦力になる中途や外国人をもっと採用したいという考えもあるようです。
―「売り手市場」って言うくらいですし、みんな新卒が欲しいのだと思っていました。
新卒が欲しいのは確かですよ。でも、企業が本当に欲しいのは「優秀な新卒」なんです。でも、現行のルールでは同じタイミングで採用が始まるし、同じ会社の新卒採用なら雇用の条件も同じになるしかない。たくさんの人が一斉に押し寄せる中で、個人のスキルなどを鑑みて給与などを決めるなんて到底できないわけで、優秀な人材を取るのが簡単ではないんですね。
―学生の立場だとなかなか理解しにくいのですが、企業側もこのシステムに結構縛られているんですね。
また、一斉に新卒を採用し、同じく教育をしていくと、どうしても質が均一化しがちで、それが企業のイノベーションを妨げているという声もあります。イノベーションは様々な知識や技術、発想が出会って起こるものですから、一括採用はそういうチャンスも減ってしまうんですね。
―なるほど。就活ルールの廃止は、実は日本全体の競争力にも関わる問題だったんですね。
はい。優秀な学生も一緒に取れた時期なら良かったのですが、今は優秀な学生は早々と他の企業で有利な条件で内定をもらって囲いこまれています。企業によっては新卒で採用されて、最初から役職がついたり給料に上乗せがある場合もあります。
―そんなに違いが出てるんですね!もう大企業というブランドだけではなかなか戦えない時代なんですね。
そもそも就活ルール廃止論の裏では、昔ながらの一括採用のスタイルや、年功序列などの日本型の雇用システムがもう古いと言われているんです。終身雇用なら毎年同じ人数の新卒を雇えば社内の年齢構成は保たれるわけですが、もはや早期退職者も転職者も増えました。今までの一括採用のメリットが薄れてきてるんですね。
就活ルール廃止は日本型雇用システムの終わりを意味する
―日本型の雇用システムはもう終わりとはよく言われていますが、就活ルールの廃止もそれにあたるんですか?
そうでしょうね。年功序列や終身雇用という企業のスタイルを保つための土台ですからね。
―就活ルールって、年功序列や終身雇用の土台だったんですか?
そうですよ。就活ルールで暗黙のうちに決まっているのは、新卒者の一括採用ですから。どういう人を採用するかが決まっていると、人事はすごく楽なんですよ。
―そういうものなんですか?
たとえば、就職する年齢がおおよそ決まっていれば給与の上げ方も決めやすいですし、採用する人数が予め決まっていれば組織も組みやすく、部署や上のポストもどれだけ作れるか考えやすい。就活ルールがあることで安定した採用がしやすく、人事は楽だったのです。
―じゃあ、就活ルールは廃止しない方が良かったんじゃ?
でも、話してきたように日本型の雇用システムが崩れた今、新卒採用に関する就活ルールだけが残ると、採用スケジュールは固定化されてまだ楽ですが、その後の管理が大変なわけです。もっと言えば、昔と違ってインターネット化が進み、企業へのエントリー数などが膨大になったので採用活動そのものも忙しくなっちゃって、就活ルールに合わせるのも大変という感じです。
―うわー、就活ルールって時代に合わなくなっているねすね。今は退職する人も多いし、確かに人事は大変そうですね。
そうです。企業の体力も落ちてきて、教育に割ける時間やパワーも減っていますから、今の人事は色々と大変ですよ。それでいて優秀な人材が取れないわけですから、人事の中にも日本型の雇用システムに限界を感じている人も多いと思います。
就活ルール廃止による変化は「学校のあり方」と「大企業就職の難しさ」にある
―就活ルールが廃止されると、どんな変化が生じると予想されますか?
そりゃ、まずは採用活動を始めるタイミングが企業任せになりますから、いつでも就活が行われるようになるでしょうね。すでに大学1~2年生からインターンに参加する学生も多いですし、そこで内定を出している企業もあると言われるほどです。大企業でもそういう採用枠ができるかもしれませんね。
―そうなるとみんな入学直後から就活を意識するようになりそうですね。
ん~それだと大学は困るでしょうね。だから、国公立大学などでは学生がちゃんと勉強するために卒業や単位取得に関して厳しくなるかもしれません。また、優秀な学生に研究をさせるために学校側が囲い込む可能性もあります。
―あれ?国公立大学だけ?私立大学では違うんですか?
学校にもよりますが、就職実績をより大事にする傾向が私立は強いですから、私立の場合はより就活を意識した大学運営になっていくんじゃないでしょうか。
―就活ルールの廃止は、学校のあり方そのものも変化する可能性があるんですね。
ええ、企業側も、優秀な学生を取るために採用の条件や待遇などを変えてくる可能性も十分あります。場合によっては卒業前にハンティングすることもあるでしょうね。
―なんだか混沌とした大学生活になりそうですね。落ち着かなさそう。
そう思うかもしれませんが、就活ルールの廃止は、基本的には大学生の多くにはそれほど影響ないと思いますよ。企業が欲しいのは即戦力クラスの優秀な学生ですから、そうでない「要育成」についてはまとめて採用した方が効率的です。だから、今のような採用枠と、時期や状況を不問とした「特別枠」に分かれるんじゃないですかね。
―なるほど~。それなら普通の学生たちも安心、なのかな。
まあ、就活ルールを廃止して大企業が本気で人材を取りに来ることで、大企業への就職が難しくなるかもしれませんけどね。
―おお、就活ルールの廃止にはそういう影響もあるのか。それはちょっと困るかも。
また、実力主義の傾向が強まって、給与なども初年度から大きく差がつくようなシステムになるかもしれません。若くして重要なポストに就く人が増える一方、年下の若い上司が増えて精神的に鬱屈とした感情を抱える人も増えるかもしれませんね。
―ありそうな未来ですね。エーイさんの考えでは、今の就活ルールが廃止されても「新卒採用」という枠は今後も残るんでしょうか?ちょっとお話を聞いてると不安にも感じるんですが。
はい。企業としてはまとまった母数が見込めますし、将来の幹部候補として一定の需要はありますから残ると思いますよ。ただ、中途採用や外国人採用の比率も上がるようになって、今ほど大きく枠を作ってもらえなくなるかもしれませんね。
結局、就活ルールの廃止は損か得か、今は何とも言えない
―就活ルールが廃止されることって、結局は社会全体で見ると損なんですかね?それとも得なんですかね?得なら実際に進んでいくんじゃないかと思いはしますけど。
現時点では何とも言えませんね。能力のある尖った人材を企業が欲しがるのはわかりますが、本来はその人材を作るための場所が高等教育機関です。就活ルールの廃止は、良い作物を得ようとして、結局畑を潰すようなことになる可能性もあります。
―就活ルールの廃止は、日本の社会や雇用システムが変わるための大きなキッカケになりそうということはわかりましたが、気持ちの面だったり、実際の混乱などのデメリットも大きそうですよね。それに、中小企業などはさらに採用活動が大変になるんじゃないですかね。
そうでしょうね。変化の影響は決して少なくないでしょうね。でも、いつかはやっていかなければならないことでしょうから、いかにソフトランディングできるかですね。2021年とちょっと先が示されているのも、十分に備えておくべきという意図からと思います。
―損得はわからないけど、就活ルールの廃止はやるしかないってことなんですね。
そういうことです。何でも行き詰まり、システムや体制の変化が必要だと思ったら変えてみるしかないんですよ。そして、変化があればそこには多くのチャンスがありますから、うまく変化の波に乗っていけるよう準備しておきたいですね。
―経団連による就活ルールの廃止って、就活生だけでなく社会全体に大きなインパクトがあるんですね。しっかり動向に注目しておき、その時に合わせた学生生活や働き方を考えていきたいです。今日は貴重なお話をありがとうございました。
就活ルールの廃止は就活と採用だけの話ではない
経団連による就活ルールの廃止は、就活と採用の現場における話だと受け取られてしまいがちですが、実はそこにとどまらず日本の雇用環境に対して大きなインパクトを与える可能性があります。だからこそメディアもこぞってこの問題を取り上げていますので、ぜひ動向に注意して、自身の働き方や学生生活の過ごし方を考えるようにしましょう。2021年は、もうそれほど遠くはありません。