産業医になるには何が必要か?
産業医とは、病院等の医療機関ではなく企業の中に入って、事業場における従業員の健康管理や労働環境に付いて医学的な立場から助言や提案を行う医師のことを指します。身体だけでなく、精神的な健康にも気を配る仕事のため、近年注目・需要共に上がりつつあります。
様々な労働問題が発生する中で産業医について関心を持つ人も増えているといいますが、産業医になるにはどのような資格が必要となるのでしょうか。医師免許の他にも必要となる研修もありますので、以下確認していきましょう。
産業医の仕事内容について
産業医の仕事の範囲については、労働安全衛生法によって定められています。その仕事内容は、主に事業場における従業員の健康管理のための助言、また労働衛生環境の適性化にあると言えます。
- 月に一度の事業場巡回
- 衛生委員会の構成メンバーになる
- 健康診断の事後措置に関する業務
- 作業環境の維持管理に関する業務
- 長時間労働者(残業が月100時間を超える者)に対する面談
- 休職復職に関わる面談
- 日常の健康相談
- 衛生教育健康教育
- 労基署への提出書類作成
- 衛生委員会議事録への捺印
- 労働者の健康障害の原因の調査および再発防止のための措置に関する業務
- 労働者の健康を確保するため必要があると認める場合には企業に勧告
産業医になるための必須事項
産業医となるためには、基本的に以下の要件が必要となります。
医師免許を取得している
産業「医」というくらいですので、大前提として大学で医学について学び、国家試験に合格して医師免許を取得している必要があります。
医学研修の受講を終了している
労働者の健康管理等を行う為に必要な医学研修の受講を修了していないと、産業医になれません。2017年現在は、以下の通りに規定されています。
- 日本医師会が実施する産業医学基礎研修会、または産業医科大学の産業医学基本講座を修了した者
- 産業医の養成等を行う課程を設置している産業医科大学、またはその他の医学を学べる大学で決められた単位・実習を履修した者
その他の資格要件
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生である者
- 学校教育法による大学で、労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授または講師の職にある者、またはあった者
上記の資格要件を満たしている場合、年齢や性別などについては定めはありません。
産業医になるには資格取得だけではなく、都道府県への産業登録や事業場との産業医契約を結んで労働基準監督署に届けを出す必要があります。
産業医になるための研修とは
産業医になるためには「産業医の養成等を行う課程を設置している産業医科大学、またはその他の医学を学べる大学」と、「日本医師会が実施する産業医学基礎研修会」、または「産業医科大学の産業医学基本講座」での研修を受講する必要があります。
もちろん受講するだけでなく、必要単位数(50単位)を取得した後、最終受講日から5年以内に1回限り申請を行えます。この期間を経過すると資格を喪失しますので注意が必要です。
日本医師会の産業医学基礎研修
日本医師会ならびに都道府県医師会によって提供されている、産業医活動を行うために必要な基本的知識・技術を修得するための研修です。
基本的に1時間を1単位として50単位の取得が必要となります。具体的には、基本的な知識について学ぶ前期研修を14単位以上、職場巡視での作業環境測定実習などの実地研修で10単位以上、地域の特性を考慮した実務的・専門的・総括的な後期研修で26単位以上が必要となります。
前期研修については、以下が必修校目となっています(注1)。
- 総論 2単位
- 健康管理 2単位
- メンタルヘルス対策 1単位
- 健康保持増進 1単位
- 作業環境管理 2単位
- 作業管理 2単位
- 有害業務管理 2単位
- 産業医活動の実際 2単位
この研修は、時期や科目などがバラバラで提供されていますが、仕事を抱えている医師に配慮したスケジュールで行われているのが特徴です。時間はかかりますが、しっかり研修を受け続けることで仲間が出来たり、最新の内容を学べたりといったメリットがあります。
産業医科大学の産業医学基本講座
産業医科大学では、上記の日本医師会が定めるカリキュラムに準じた産業医学基本講座を開催しています。やはり上記のように50単位の取得が必要となります。
日本医師会の研修もそうですが、一度の研修で取得できる単位数はまちまちで、研修の情報をうまく見つけて少しずつ単位を取得しておく必要があります。
産業医大学または医学について学べる大学の研修
産業医学大学や自治医科大、防衛大、獨協大学など、産業医の育成のための講座を提供している大学では、短気集中型のカリキュラムを組んでいることもあります。この場合には、1週間程度の期間の講習会で50単位をまとめて取得でき、研修も実力ある講師が担当することも多いため、刺激になるという声も多いです。
短い期間で必要な単位を取得でき、安い講習料で受講できるがのメリットですが、講習期間は連日朝から夜までの研修が続きますので、勤務医などの場合には受講が難しいというデメリットもあります。
産業医になるために必要な期間・費用
研修過程を経て産業医として認定される必要があるわけですが、研修の参加費用には受講するカリキュラムによって多少違いがあります。
短期型の集中研修であれば、およそ6~7日で50単位を取得でき、1日あたりの受講料は約1万円程度が相場です。ただし合宿形式の研修となることが多く、その間は仕事ができませんし、地域によっては交通費や宿泊費なども必要となります。
一般的な基本研修は科目によって必要な単位数が違いますし時期もバラバラに開催されるので、平均的な期間はあまり参考にはなりませんが、早くても3カ月は必要になります。研修費用は所属する医師会によって異なり、5万円~15万円の間が多くなっています(会員になっている医師会だと安くなります)。
研修修了後も、産業医としての各都道府県への申請費用が別途10,800円必要です。
産業医の仕事の難しさとやりがい
産業医という仕事自体は非常に専門性の高い仕事である一方、まだまだ企業経営者や人事部の認知・理解度不足があります。そのために企業が産業医を雇っていても上手く労働環境の改善に活かせず、むしろ企業にとって重荷のようになっていたり、人事部が産業医の業務範囲にまで入ってきたりして、間違った対応をしてしまうことも少なくありません。
元々、産業医は水俣病やイタイイタイ病などの産業と健康の問題が現れた時期に生まれました。従業員の健康問題に配慮するだけでなく、環境の問題や消費者を始めとする周囲への影響に対しても医学的な立場から検討し改善提案をする役割が求められます。近年は長時間労働による過労やメンタルヘルス対策など、いわゆる労働災害に対する対策立案などのニーズが高まっています。
産業医のやりがいは、そういった事業場の環境改善に関与し、実際にそれが数字や形、従業員満足度となって表れた時にあるでしょう。離職率の低下や労働生産性の向上、健康診断の平均的な数値の改善など、その結果は至るところに表れます。
産業医はアルバイトではない
臨床現場を長期間離れた医師資格取得者が目指すケースが多いことや、勤務医や開業医をする傍ら行っている人も多いため、産業医をアルバイトのように考えている人が存在することも否めません。
法律上、何人もの産業医を必要とする事業場は大規模な会社であり、それもまた常駐させなくてはいけないというように明記されていない為、企業と専任契約を結んでいる産業医はそれほど多くありません。
医療行為を直接的に行わなければならない臨床医とは違うために「産業医は臨床医より楽」「産業医は年収が低い」という情報が一人歩きしており、実態に合わない印象を与えてしまっています。実際には時代に合わせて、また企業の問題に合わせて、高度な専門性を必要とする仕事です。そのため、生涯研修という研修を受けないと資格更新ができないように制度化されています。
産業医になりたいならまずは所定の研修を受けましょう
産業医になるためには、医師資格に加えて厚生労働省が定めている研修の受講が必要になります。日本医師会の認定産業医サイトには研修に関する情報が随時更新されて出ています。また産業医資格についての情報も多く掲載されているため、まずは詳しく見てみると良いでしょう。
日々医学の常識というものは更新され、社会のニーズも刻々と変化していきますので、産業医は研修後も学ぶ姿勢が大切です。
参考文献
- 注1:日本医師会『認定産業医の手引』