高度プロフェッショナル制度はメリットだけでなく問題点についても知っておくべき
高度プロフェッショナル制度が政府の進める働き方改革の中で、実現に向かって進んでいますが、議論が成熟し理解が進んでいるとはまだまだ言い難い状況で、不安視する声も少なくありません。高度プロフェッショナル制度を有効に活用するためには問題点についても理解しておくことが大事です。
高度プロフェッショナル制度に興味を持ち、そのメリットについて理解した酒井君でしたが、その問題点についても知りたいと思い、ふたたび経営コンサルタントのK・エーイ氏を訪ねます。二人の会話の中から高度プロフェッショナル制度についても考える機会にしてみましょう。
高度プロフェッショナル制度の抱える主な問題点にはどんなものがあるの?
―エーイさん、今日は約束通り高度プロフェッショナル制度の問題点について教えてください。
はい。酒井君は高度プロフェッショナル制度がどういうものだったか、ちゃんと覚えていますか?
―えーと、「政府が働き方改革の中で導入を目指している制度」で「一定以上の収入と専門性を持つ特定の職種について報酬を時間でなく成果で決定できるようにする制度」という感じでしょうか。
OKです。その理解で十分です。高度プロフェッショナル制度は、個人の時間を有効に使えるようにしたり、企業にとっても残業代の圧縮や生産性の向上、地域や国にとっても多くのメリットがあるという話をしましたね。
―メリットを聞いていると、みんなにとって良い話のように思えたんですけど、問題点があるということでしたよね?
その通りです。その問題点というのは、主には「残業代ゼロ法案」と言われる理由でもある「残業代の抑制」がメインになるリスク、そして「過労死の増加を招く」リスク、そして「対象が拡大する」ことでそれらのリスクが大きくなる可能性があるということです。
―わかるような、わからないような内容ですね。ひとつひとつ詳しく教えてもらっていいですか?
そうですね。では、高度プロフェッショナル制度の問題点、まずは耳に馴染みのありそうな「残業代ゼロ法案」の話からしていきましょう。
高度プロフェッショナル制度が「残業代ゼロ法案」と言われる理由
酒井君は、高度プロフェッショナル制度は、反対する立場の人たちから「残業代ゼロ法案」と言われていることはご存知ですよね?
―はい。ニュースや新聞でよく目にします。残業代だけでなく、休日や夜勤の手当ても無くなるって書いてあったと思います。
そうなんです!現在の労働法規だと、時間外労働や休日、夜中や早朝の時間帯における労働は所定の手当てを出すことになっています。これは、労働時間に着目した報酬の考え方なんですが、高度プロフェッショナル制度では成果に着目して報酬が決定されることで、これを考慮しなくて済むようになります。
―その結果、残業代などがゼロになるってことなんですね。
はい。何時間働いたか、いつ働いたかという時間は関係がありません。評価基準はただ成果のみです。企業としては、余計な残業代を支払う必要が無くなりますし、予算管理や時間管理の手間も省けます。これが「残業代ゼロ法案」と言われる理由ですね。
―何だか良さ気な話のように思えるのですが、それが何か問題なんですか?
酒井君は、労働者の仕事の量って誰が決めると思いますか?
―そりゃ、会社や経営者じゃないんですか。営業が仕事取ってきたらやるしかないでしょう。
そうなんです。会社側が「終わるわけのない量の仕事」を持ち込んできたとして、そのために残業が発生しても高度プロフェッショナル制度の場合は残業代が出ず、またその状況に文句が言えないんです。ですから、「残業代を抑制しつつ、仕事量を維持する」目的で制度が悪用される可能性があります。
―ええっ!それってひどい!ひどすぎる!
会社は事業の利益を最大化することが目的の組織ですから、できるだけ高い目標を掲げるものです。そのため、高度プロフェッショナル制度の目的は企業として理解しているとしても、いざ運用段階になってみると企業の利益のために労働者の生活や健康が犠牲になるリスクがあるってことなんですね。
高度プロフェッショナル制度が都合のいいように使われるリスク
―つまり、高度プロフェッショナル制度が会社の都合のいいように使われるリスクがあるってことですよね。それって法律とかで何とかならないんですか?
そうですね。そのあたりでできるだけリスクを回避できる仕組みを作るべきだということで、様々な討論が行われているところです。
―そういう仕事量や残業代の他の部分でも、高度プロフェッショナル制度が都合よく使われることはあるんですか?
そうですね。たとえば、納期に関する問題とかもありますね。たとえば、デザイナーにポスターを作ってもらうとして、通常は3営業日の納期を見ているとします。これが高度プロフェッショナル制度になると、「明日でもできるよね?」となる可能性もあるわけです。
―え?そういうものなんですか?
極端なたとえ話ですけどね。3営業日ということは、普通は8時間が3日分ですから、仕事としては24時間あればできるということになります。「時間は関係ない、成果が問題だ」という考えだと、こういう人を人だと思わない扱いが出てくる可能性もあるということです。幸い、デザイナー業はまだ対象の職種ではありませんけどね。
―ふ~む。何だか世の中、悪い人がいっぱいいるような前提で、現実味がないですけどねぇ。
ええ。実際はそこまで悪い人はいないかもしれませんが、それに近い状況は起こり得ます。「普段早く帰ってるんだから、こういう時くらいはもっと頑張れ」みたいなプレッシャーをかけられることは普通のモラルの会社でも十分に考えられるわけです。
―あ、そういうことなら納得できます。
知的労働だと、時間や場所を選ばないですから、帰宅中の電車に乗りながら考えたり、家でお風呂に入りながら仕事のことを考えている人も多いんです。そういう時間を含めれば、先の例だと3営業日は最大72時間です。その仕事を24時間でやるように求めるのは無理がありますよね。
高度プロフェッショナル制度が過労死を促進するって本当?
―ネットで見たニュースというかコラムでは、高度プロフェッショナル制度によって過労死が増えるというような内容も見ました。やっぱり、無理な働き方を危惧しているということなんですね。
はい。今は労働者の健康問題に特に関心が高まっている時期でもありますから、そういう意見が出てくるのは当然でもあり、好ましいとも言えます。
―実際、エーイさんも過労死は増えかねないと思いますか?
何とも言えない部分はありますが、可能性はあります。というのは、厚労省が「過労死ライン」と定めている残業の量というのは、「月80時間」なんですね。これを上回ってくると、脳疾患や心疾患などの病気の発生や重症度において、統計上有意な違いが出てくるそうです。
―月80時間ってけっこうな数字だと思うのですが、珍しくない数字なんですか?
はい。月に20日働くとして、1日に4時間ですからかなり大きな数字に見えますよね。しかし、国の調査では雇用者の約10%がこれに該当することがわかっています。
―ええ~っ!思っていた以上に社会人は残業って多いんですね。
まあ、「生活残業」と言われる、収入目当ての残業が含まれているのですべてがハードな仕事によって残業が生まれているというわけではないですけどね。しかし、高度プロフェッショナル制度が導入されることによって、成果を達成するために無理をして、過労死などにつながることが増えることが懸念されるのは当然と言えるでしょう。だからこそ、このあたりのリスクヘッジはしっかり議論されて何重にも仕組みを作るべきです。
高度プロフェッショナル制度の拡大が懸念される理由
―最初にエーイさんは高度プロフェッショナル制度においては「対象が拡大する」こともリスクだと仰っていましたが、これはどういうことなんですか?
高度プロフェッショナル制度は、現状は目安が年収にして1,075万円くらいで、研究開発職やコンサルタント、金融ディーラーや金融アナリストなどが対象としてイメージされています。しかし、もっと拡大したいという意向が国や経済界にはあるんです。
―本当に一部の仕事だけですね。でも、これが拡大したらまずいんですか?
はい。たとえばSEやプログラマーなどは、様々な理由で残業が発生しやすいんです。でも、残業代がつかなくなってしまうと、ただしんどいだけの仕事になってしまいます。デザイナーなどもそうです。これらの仕事の特徴は、成果物が他人によって評価されるということです。
―成果物が他人によって評価されるとまずいということですか?
はい。高度プロフェッショナル制度ではまずい方向に働きかねません。頑張って作っても、やり直しを命じる権限が相手側にあればいくら頑張っても成果が無く、報酬につながりません。
―すると、サービス残業が増え、過労死などの問題も増えちゃいますね。
そうです。だから迂闊な拡大は懸念されているんです。しかし、もともとは経済界としては年収要件をもっともっと下げ、適用される職種も広く希望していますから、今後そういう動きになる可能性は十分にあります。
―ある日突然、自分の仕事が高度プロフェッショナル制度の対象になってしまうことがあるってことですね。
そういうことになります。基本的に企業で人事評価制度が変わる時というのは、評価制度を変えたいのではなく評価制度を変えることで人件費を抑えたいという場合なんです。ですから、経済界、すなわち企業側からするとそのためのオプションを増やすべく、対象の拡大を期待するわけです。
―じゃあ、あんまり広がらないほうがいいってことですね!
それは違います。本来の高度プロフェッショナル制度を導入するべき目的は個人にも企業にも地域や国にもメリットがあるものなんです。一部の人でとどまっていては、あまりメリットはありませんから、対象も広がっていくべきです。しかし、恣意的で悪意のある運用を避け、デメリットを回避できるようにならないといけないということです。
高度プロフェッショナル制度のデメリットを避けるためにも知識は大切
―高度プロフェッショナル制度の問題点がわかってきた気がします。でも、わかってきた結果、高度プロフェッショナル制度をどう考えればよいか、余計にわからなくなってきました。
それは無理もないでしょうね。専門家の間でもすぐに結論づけるのが難しい問題ですし、ましてや酒井君はまだ学生ですから。
―エーイさんは、デメリットを避けるにはどうしたらいいと思いますか?
難しいかもしれませんが、まずは高度プロフェッショナル制度の目的と内容について理解し、知識をつけることですね。少なくとも、現在考えられている高度プロフェショナル制度では、企業側と労働者側の間でその内容に対する契約を交わすことになっています。どういうリスクが存在するかを考えて自分に不利だと思えば、内容を交渉して有利になるようにもっていったり、時には拒否するなどの選択もできるはずです。
―でも、そんなことをしたら社内での立場が不利になったりしませんか?
日本人はそう考えてしまいがちですが、気にすることはありませんよ。最悪の場合でも転職したらよいだけの話ですから。少なくとも現在のところは、それも十分にできるくらいのレベルの人が制度の対象者ですので、むしろ強気で交渉するくらいで丁度いいと思います。
―なるほど。そういう態度が取れれば、まさに「高度プロフェッショナル」でカッコイイですね。
でも、対象範囲がとにかく広がってしまった場合には、交渉ができないスキルレベルの労働者にとってはメリットのまったく見えない状況が生まれてしまいます。そのため、制度の行方に注意を払いつつ、自分のスキルも常に磨いておくことがリスク対策になるでしょうね。
―うーん、難しい時代になったんだなって気がしてきました。でも、制度についての知識をつけることが第一で、自分のスキルを磨くことも大事だということですね。高度プロフェッショナル制度について、今後はしっかり関心を持って見ていけそうです。ありがとうございました!
高度プロフェッショナル制度の問題点を知り、動向に注意しよう
高度プロフェッショナル制度は早ければ2019年4月の導入になる可能性があります。しかし、高度プロフェッショナル制度の問題点が完全に解決されたわけではなく、また一度制度が決まって終わりではなく、内容が変化していく可能性もあります。現時点では対象でないとしても、対象範囲の拡大によって対象者となる可能性もありますから、その問題点やリスク対策について考えておき、常に制度の動向に注意を払うことが大切です。