同一労働同一賃金は問題点ばかり
働き方改革の中で議論されているテーマのひとつに「同一労働同一賃金」がありますが、経済界から反対も強く、導入することに難色を示す企業や人事担当者も少なくありません。国から制度導入に向けてのガイドラインも発表されており、より進んだ法制度化も目指されていますが、どうしてそこまで抵抗があるのでしょうか。
同一労働同一賃金に期待を寄せる大学生の酒井君が、経営コンサルタントのK・エーイ氏に同一労働同一賃金制度の問題点について切り込みます。
同一労働同一賃金は日本型雇用システムにとっては異物
―エーイさん、同一労働同一賃金のメリットについて聞いた時、同一労働同一賃金の導入は抜本的な社会や雇用のシステムの変化が必要で、そのために問題が生じると仰っていましたが、それはどういうことなんでしょう?
最初っから大事なこと聞いてきましたね。簡単に言えば、「同一労働同一賃金は、日本型の雇用システムにとっては異物以外の何物でもない」んです。
―日本型の雇用システムって、「終身雇用・年功序列・企業別組合」でしたっけ?
正解です。同一労働同一賃金になれば、年功序列ができなくなることは明白だと思いますし、同一労働同一賃金になれば、仕事が魅力的でないと思えば企業を変え仕事を変える人が多発します。
―そうですね。つらくて賃金の安い仕事ってわかってるなら避けたいですものね。
そうですね。また、社内の賃金の基準などは各企業の労働組合が使用者と話し合うことで改善が起こります。そのため、同じ職務でも企業によって賃金が違うんです。同一労働同一賃金となると、企業を超えて職務が同じなら同じ賃金であることが求められるため、企業別の労働組合の存在感も薄くなるのです。
―なるほど。ひとつが入ってきたことであれもこれもダメになっていく、同一労働同一賃金はまさに異物ですね。ウィルスみたいなもんですね。
そうです。だからこそ、その異物が入ってくるのを企業は恐れているわけです。特に、日本式の雇用システムを上手に回し、堅固なシステムを作り上げたところほど抵抗感がありますね。
―なるほど。そういった雇用システムとぶつかっちゃう問題が大きな問題となっているんですね。でも、別にそういう雇用システムが機能している所も今は多くないんじゃないかとも思うのですが、もしも同一労働同一賃金制度を導入した場合にはどういう問題があるんでしょうね。
同一労働同一賃金は企業経営を崩壊させる
では、同一労働同一賃金制度の導入について考えてみましょう。一般的に、同一労働同一賃金の問題は、今は正規社員と非正規社員の格差是正の問題として最も注目を集めていますよね。
―はい。非正規の人が増えていますし、賃金や待遇には大きな差があると聞いています。
さて、賃金の格差是正ではいくつかの方法があります。大きく2つに分けるなら、上の人が下の人に合わせる方法、そして下の人を上の人に合わせる方法です。
―はい。言われてみると確かにそうです。
今の同一労働同一賃金の議論では、非正規社員の待遇を正規の社員の待遇に近づけようという話が大半です。しかし、非正規社員の待遇を高めるための資金的な余裕がないなら、企業はどうするでしょう?
―「待遇の改善をしない」か、「できるところまで改善する」という所じゃないでしょうか。
そうですね。ただし、すでに資金に余裕がない企業ですから、それで経営上のリスクがある場合も少なくないわけです。すると、待遇の格差を是正し、かつ企業にも良い方法を取りかねないのです。それがすなわち「正社員の待遇を下げる」という方法です。
―えっ?それって本末転倒じゃないですか!
そうです。それでは何のための同一労働同一賃金かわかりません。しかし、社会がそうなっているという理由を掲げて社内の賃金制度を改革し、非正規の待遇は少し上げて、正規の待遇は大きめに下げて、全体的には人件費を抑えるという手法を取る企業が出ることは十分に予想されます。
―ええっ!それはひどい!
ひどいとは言いますが、それもやはり企業の経営状態次第ということになりますから、一概にひどいとも言えません。同一労働同一賃金は劇薬であり、下手な導入の仕方をすると企業経営を崩壊させかねないものだという認識も必要なんです。これがまずひとつの問題です。
同一労働同一賃金が抱える問題点は職務給制度が必要ということにある
そして、同一労働同一賃金の導入時の問題点には、「職務給」制度が必要ということがあります。
―職務給制度ってどういうことですか?
職務給制度は、一言で言えば、「仕事の種類や内容にお金を払う」という制度です。
職務給制度
職務給制度とは、担当する仕事の内容にお金を払うシステムのことで、仕事そのもにお金が紐づく。仕事をする人が持つ能力や高卒・大卒・年齢・勤続年数・職歴などの背景を問わないことが特徴。同じ会社に長く勤めることにメリットはない。
―それって普通のことじゃないんですか?
そう思うかもしれませんが、少なくとも日本では普通のことではありません。実際そうなってしまうと酒井君は就職できないかもしれません。
―え?なんで?
日本の今の新卒採用では、「総合職」という枠で採用することが多いからです。これは、「様々な仕事を経験させる」という意味でもあり、「仕事が定まっていない」という意味でもあります。職務給なら、企業にとって計算できるスキルが必要になります。酒井君は何か企業に絶対に貢献できるというスキルがありますか?
―いや、スキルと言われましても…。そう言われると、就職できない気がしてきました。
でしょう?もうちょっと言えば、入社したら新入社員研修とかありますよね。職務給になれば、新入社員研修を受けて給料なんてもらえないと思いますよ。職務がそもそもないなら、給料もありません。
―ええっ!そういうものなんですか?
極端かもしれませんが、そういうものだと考えるのがわかりやすいと思います。今の日本の賃金制度は「職能給」と呼ばれる制度です。これは「能力がある人に、見合ったお金を払う」制度です。だから、研修を受けているだけでも、能力があると認められているから給料がもらえます。
でも仕事は何をしても基本的に給料は変わりません。出世して給料が伸びるのは、仕事の内容が変わるからではなく、上の役職に見合った能力があるとみなすために昇給が行われます。
職能給制度
職能給制度とは、個人の能力にお金を払うシステム。勤続年数に応じて個人の能力もアップすると考えられているため、毎年のように少しずつ賃金がアップしていくのが特徴。会社に人が定着しやすいが、競争が生まれにくいのがデメリット。
―賃金ってそういう考えで決まるんですね。全然知りませんでした。
年功序列なども、年を重ねる中でこの職能が伸びているという認識が前提にある制度なんです。実際にはある程度職能給と職務給を併用している場合がほとんどですけどね。
―ええと、職能給がベースになっていると、同一労働同一賃金は難しいということになるんですか?
そういうことになりますね。仕事の内容と本人の能力に関係が無いようならなおさらです。
―そう考えると、実力社会って感じになっていくんですね。でも、海外では職務給が普通なんですよね?社会人になってからの研修とかはしないってことなんですか?
海外で職務給が当然となっているようなところでは、職業別にどのような仕事ならどのくらいの賃金という等級が業界で定まっていて、個人もどの等級の労働者からわかるようになっています。職業訓練は教育課程でもある程度行われますし、企業に入る前に専門の職業訓練を受けるのが普通です。
―企業に入ってから訓練されるんじゃないんですね。
はい、基本的なことは学んでから社会に入るという考えですね。そのため、若年層の失業率が高くなりがちですが、しっかりスキルを積んでいけば、労働市場で明確に評価されますから、失業のリスクは低くなります。
―ちょっと問題点が見えなくなってきました。何を話してたんでしたっけ?
まとめると、同一労働同一賃金では、職務で賃金が決まるため、職能による評価が合わなくなります。そして、職務についても業界で統一された評価基準や賃金体系が必要となり、評価が難しいのです。
同一労働同一賃金で新規採用は減る可能性が高い
酒井君には申し訳ないのですが、同一労働同一賃金では新規採用は減る可能性が高いです。
―ええっ!やめてくださいよー!
やめてと言われましても(笑)。同一労働同一賃金となると、基本的には今の非正規雇用となっている人の人件費が上がります。すると企業は人件費の負担が増えてしまいますから、人員を必要最小限にしたいというモチベーションが強くなるんです。
―わかるけどわかりたくない話です(笑)。
まあ、新卒だけでなく中途も含めての新規採用が減るわけですが、同一労働同一賃金制度が導入されて職務給になると、「明確に仕事を与えないといけない」わけで、足りないところを誰かに埋めてもらうってことができなくなるんですね。
―なるほど。ニーズにピッタリはまる人以外は採用しにくくなるんですね。
はい。そのために、求人をするためにも、同一労働同一賃金で人事や各部署が今まで以上に頭を悩ますことになります。
―そういえば、アメリカだと言われたこと以上の仕事はしないと聞いた気が。
はい、それも職務給という制度と関係がありますね。そういう契約になっているので、どんなにニーズがあるように見えても、自分の分を超えた働き方をすると契約違反で、最悪の場合は賠償を求められる可能性もあります。気づいて仕事をすると、職能給だと「よくやった!なんてデキる人なんだ!」って褒められると思うんですけど。
同一労働同一賃金の問題点は問題点がすぐには解消されないことにある
―ここまで話してきて、同一労働同一賃金が本当にいいのかわからなくなってきました。待遇の格差は是正するべきだけど、果たして企業にとっていいのかどうか。また、社会が混乱しそうです。
そうなんですよね。急に状況が大きく変わることはそおそらくないでしょう。
―じゃあ、どうやって同一労働同一賃金は導入されていくんでしょう?
国が出している同一労働同一賃金のガイドラインにもあるのですが、賃金等の処遇は労使で話し合って決めるのが基本です。国として改善を目指しているのは、不合理的な待遇差であり、基本的には労使でしっかり話し合い、企業の状況に即して待遇の改善を目指してほしいという感じですね。
―でも、話し合ってきても改善されてこなかったわけで、国が解決に乗り出してるんですよね?
まあ、それは間違いないですね。実際に同一賃金同一労働をしていく上で必要なものをまずは準備していくことが大切なんです。しかし、それは法律ではなく、まずは職務や能力などの賃金の基準になっているものを明確化することなんです。これは国にはできないことで、各企業で努力するべきことです。国はその努力をするようにまず訴えたんですね。
―あ、そうか。とりあえず職務や能力の基準がわかるようになれば、不合理なものは是正されますね。
そうです。同一労働同一賃金制度はそういう所からスタートなのかなと思います。「臭いものにはフタ」じゃないですが、不合理な差がついている所であるほど、こうした基準が整備されていないものです。アルバイトや派遣など、非正規の賃金を決める基準が「職務」ではなく、「同業他社が求人雑誌に載せている額」ということも少なくないわけですから。
―賃金って、そういう決まり方しているんですか?確かに言われてみるとバイト雑誌の時給って似たり寄ったり…。それはさておき、そういう部分をひとつひとつ整備していく中で、すぐにとはいかなくとも同一労働同一賃金に近づけていくということができるってことですね。
同一労働同一賃金は問題点とどう向き合っていくかが大切
さて、同一労働同一賃金については、社会環境の変化などもあってのことですから、完全にそういった形になったり欧米のように適用できるかは別として、それに近づく流れになっているのは間違いありません。
―遅かれ早かれ同一労働同一賃金制度が導入されて、今よりは格差が出ないような社会になっていくってことですね。それは歓迎したいことです。
ただ、その副作用としての企業活動の停滞や採用抑制などは避けられないでしょうし、同一労働同一賃金制度の導入によってモチベーションが上がる人と下がる人が出てしまうこともあるでしょう。
―そうですよね。でも、こうした問題点があらかじめわかっていれば、いかにそれを回避するかを検討することができますね。
はい。大事なことは、将来起こるだろう変化から逃げずに対応すること、そしてその変化による様々な悪影響をいかに最小限にとどめるかということです。そのために国内外からケーススタディを導入したり、ガイドラインや法制度を作って、変化を促しつつ、守るべきところを守ろうと努めているわけです。
―難しい問題だけどやるしかないって感じですね。そうしていかないと今後の産業とか職業選択とかワークライフバランスとかが立ち行かなくなるってことでもあるんですよね。
はい、その通りです。まさに「働き方改革」ですね。個人も企業も国も、同一労働同一賃金だけでなく、いろんなことを改めていかないといけない時です。変化の影響が大きいと思われるだけに、乗り遅れたくないものですね。
―同一労働同一賃金は問題点も多く、かつ複雑で解決が簡単ではないことがわかりました。でも、実現が理想的なことは疑いようがないですし、そのためにできることも少なからずありますから、少しずつやっていくしかないんですね。今後も関心をもってこの問題は見ていきたいと思います。エーイさん、本日はどうもありがとうございました!
同一労働同一賃金の実現に向けて個別の問題点をよく考えよう
同一労働同一賃金は、今の日本で起こっている労働人口の減少やダイバーシティ化の中で、正当で公平な賃金制度にしていくためには避けられない流れと言えます。政府も実現に力を入れて様々に取り組んでいますが、各現場で状況は大きく違うため、まずは現場における個別の問題点をよく考え、少しずつ同一労働同一賃金の実現に向かっていくことが大切です。今後の制度の動向にも十分に注意しておきたいテーマです。