豊洲市場への移転問題は注目の時事問題
長年、東京都の水産物の中央卸売市場として機能してきた築地市場が、豊洲に新たに作られた市場にその機能の大部分を移転し、2018年の10月11日から豊洲市場がスタートしています。施設の老朽化などが指摘され、豊洲への移転を決めたのが2001年であることを考えると非常に長い時間がかかりましたが、それだけ問題も多く注目を集めてきたテーマです。
大学生の酒井君は、自分が子供の頃から耳にするテーマでありながらも、その問題をよく理解できていないと感じています。知人で経営コンサルタント業を営むK・エーイ氏にこの問題について尋ねてみることにしました。
築地市場から豊洲市場に移って何が問題なの?
―エーイさん、おはようございます。先日、ついに豊洲市場が始まったというニュースがあったんですが、恥ずかしながらこの問題がいつも注目される理由が良くわからないんです。教えていただけませんか?
いいですよ。築地市場の豊洲移転の問題は時事問題でも取り上げられそうですよね。ただ、東京都民以外にはよくわからないところも多いでしょうし、問題も複雑になっているので確かによくわからないかもしれませんね。
―そもそも、どうして豊洲に移ることになったんですか?
まあ、簡単に言えば設備が老朽化したからですね。築地市場が始まったのが1935年であり、さすがにそこから残っている建物や設備は少ないとしても、どれも相当の年月が経過しています。しかも、屋外で水産物を扱い、設備としても機能が低いものも多かったため、築地市場が生鮮食品を扱う場所としては、今の基準では不衛生という声も多くなっていました。そのために移転の必要性があったんですね。
―そうなんですね。じゃあ、別に築地から豊洲に移転することには正当性がちゃんとあるんじゃないですか。どうしてあんなに問題だと騒がれたんでしょう?
まあ、大義名分は間違っていないとしても、実際に物事を動かす上ではハードルがたくさんあったんですよ。しかも、移転先の豊洲という場所の問題もあったんですね。これを都が決定したのですが、そのために政治的な問題が噴出することになりました。
豊洲という場所が問題視された理由
―そうなんですね。では、まずは最初に、豊洲という場所について詳しく教えていただいていいですか?築地は名前をよく聞きますが、豊洲という場所についてはあまり知らないものですから。
豊洲というのは、東京湾に作られた埋立地で、今は高層マンションなども多くなっているのですが、昔は主に工業地として使われていました。豊洲市場は、都市の中心部に近かった築地市場よりも広い面積を取得することが可能で、実際に1.7倍以上の敷地面積になっています。
―へぇ~。じゃあ、築地よりもだいぶ広々と使えるようになりますね。
ただし、もともと豊洲が工業地だったという背景や、埋め立てで作ったことなどもあって、基準値を超える濃度の化学物質が検出されてしまったんです。それで、豊洲が生鮮食品を扱う場として、食の安全性の観点から待ったがかかったわけです。
―なるほど。そんな話を聞いたら確かに豊洲市場への移転にストップをかけたくなりますね。
ええ。加えて、様々な工事の必要性や品質についても疑問の声などがあがりました。そして、そもそも築地の移転先にこの豊洲に決定された理由が、東京都の臨海地域の開発が大赤字になってしまったため、その補填という意味合いがあると見られているんです。そのため、豊洲市場移転は政治と金の都合で決まったことであり、他にも候補地があったのではないかと批判も浴びるようにもなりました。
―政治とお金の問題っていい印象になることはほとんどないですね。
そうですね。また、豊洲市場の度重なる問題の噴出や追加工事などでどんどん予算も膨らみ、いったん移転を中止したり延期したりもしています。しかし、中止や延期の状態といっても土地の管理費用がかかりますから、そのお金が都の財政を圧迫していくんですね。それで、移転の実行、中止に関わらず、常に批判の対象になっていました。
―これがいわゆる豊洲市場移転の政治的な問題なんですね。
そうです。さらに言えば、やはり築地で営業していた業者の中には可能なら築地で続けたいという気持ちがあったんです。移転に際してコストもかかりますし、また長年にわたって作り上げてきた築地ブランドが損なわれる可能性がある、また築地に比べて豊洲はアクセスが悪くなるために離れる取引先も出るリスクがある。
―なるほど。豊洲市場移転は都が決定したのであって、業者が決定したわけではないですから、そこで営業していた業者にとってはちょっとした災難だったんですね。
はい。同意は取っているものの、やはり移転に関して都のサポートが不十分だったり、いろんな面で業者の希望が十分に満たされた移転にはなっていないという感じですね。そのために豊洲市場移転の様々な不満や不安の声が噴出し、調整に時間がかかってやっと今年開場したってことなんですね。遅延している間に、準備はしたけども開業できないためにコストが経営を圧迫したりなど、様々な面で困った状況が続いていました。
―様々な事情があって豊洲に対して疑問視する声や批判があり、大変な状況だったんですね。でも、結果的に豊洲市場への移転は終わったんですから、それらの問題は解決された、あるいは大きな問題はないと見て良いのでしょうかね。
豊洲市場の移転の影響が出るのは開場後のこれから
それがですね、そうとも言えないんですね。むしろ、豊洲市場への移転の影響が出るのはこれからだと言われています。
―ええ?せっかく移転が終わったのに?
はい。まず、豊洲への移転で施設は新しくなったんですが、場内のコンクリートの厚みなどの問題から、使用可能なフォークリフトの積載量が小さくなっていてそれで不便を感じている業者もあるようです。
―あれ?施設が新しいのはいいことだと思ったんですが、そういう問題もあるんですね。
ええ。また、豊洲市場からの新しい試みとして、観光客向けの見学路なども設けられているのですが、築地の時には間近で魚を捌く様子や競りが見れるなど熱気をダイレクトに感じられましたが、この見学路は安全面に配慮して遠巻きから見る形に作られているのがもったいないという声もあります。
―築地市場ってけっこう観光客も来ていましたよね。それがどう変わるのかってことですね。
はい。そして困ったことと言いますか、基本的に築地市場から豊洲市場に移ったのは場内の業者なんですね。場外の業者の中にはそのまま残って築地で営業を続けているところもまだまだあります。
―あれ?ということは築地市場はまだ残っている?
まあ、正式には築地市場とは言わないのですが、事実上はそうですね。すると、世間には「築地の魚」と「豊洲の魚」が出回ることになりますよね。ブランド力があるのはどっちだと思いますか?
―そりゃあ、「築地の魚」じゃないですか?豊洲の魚って聞いたこともないですもん。
そうですよね。つまり、移った人がバカを見るというか、不利を被る可能性があるということになります。「築地ブランド」を「豊洲ブランド」に完全に塗り替えるには時間がかかるということです。
―確かにそうなると商売に影響が出るのは避けられませんね。
はい。豊洲は地域的な問題もあって、都市部に近い築地の方が便利という利用者は多くいます。大量の仕入れが必要なスーパーや食品工場などは豊洲に行くのが主になると思いますが、そうでない小さな事業者などは築地に行ったり、交通が楽な他の卸市場に行く可能性がありますね。
―なるほど。まさに豊洲移転の影響はこれからですね。やってみて始めてわかる影響が出てくる可能性が高そうな雰囲気ですね。周辺の卸市場も含めて、どのように影響が出るかを注目した方が良さそうですね。
豊洲市場の食の安全性議論はいったんは終焉と考えて良い?
―豊洲市場へ移転した後の影響を測るのはこれからということでしたが、食の安全性に関する問題はどうなったんでしょうか。化学物質が減ったりしたんですか?
一応、都がかなりの予算を投入して地下水などの浄化に取り組み、専門家による確認を経て安全宣言が出されています。現時点では、食の安全性については不安に思えば不安はあるし、しかし科学的には問題がないと考えて良いレベルには落ち着いていると思います。
―じゃあ、豊洲市場のこの問題については大丈夫ということなんですね。
はい、いったんはそう考えて良いのではないかと思います。そもそもこうした批判の多くは、メディアが過剰に騒ぎ立ててしまったという面があり、科学的に問題と言えるものは少なかったようですが。
―それなら、築地でも豊洲でも、安心して新鮮な水産物を食べることができるということですね。良かったです。
ははは。そうですね。ただし、これはあくまで今現在の話です。もしも、今後何か食の安全性に対して問題になるような事件が起これば、きっとこの問題は蒸し返されてくると思います。そういう点では、豊洲市場に安心をするにはちょっと早いのかもしれませんね。
―そうですね。やっぱり、科学的に安全が確認されていると言っても悪い噂が立てば気になりますし、食品には手が伸びなくなりますよね。地震などの災害の後にも風評被害が多く出ましたが、同様の事例のようにも思えますね。
豊洲市場への移転後、築地はどうなるの?
―ところで、豊洲市場に築地市場が移転した後は、その跡地はどうなるんですか?
基本的には築地は取り壊しというか、解体して別の用途で利用する予定が立っています。東京オリンピックに備えて、まずは駐車場などを作るという話です。その後は何か観光用の施設を作るつもりのようですよ。もともとは売却して臨海開発の赤字補てんに充てるという話でしたけど。
―そうなんですね。築地は便利な場所ですから、いい価格で売れそうなものですけど。
そうですね。良い立地をほったらかすともったいないですからね。ただ、豊洲でも今のところは維持費で赤字が見込まれていて、その赤字を補填するという意味で収益事業になることがしたいみたいです。
―築地市場を作り直すということはないんでしょうかね?
ないでしょうね。すでに流通用のトラックなどで混雑していましたし、過剰な車両によって本来の市場の機能が妨げられるような状態でしたから。築地の容量オーバーは明白でしたし、作り直すにしても、今の基準で土壌汚染調査や埋蔵文化財調査なども必要となります。これらは築地の再整備を諦めた理由でもあります。ただ、やはり歴史のあった場所ですから、築地の歴史に沿ったものができてほしいとは個人的に思っています。こんな有名な市場、日本では他にはありませんから。
豊洲市場の移転問題で問われたのは行政の想像力と実行力
―結局、豊洲市場への移転は完了したわけなんですが、この問題って結局どういう問題だったんでしょうか。
豊洲市場移転問題の論点は様々にあったと思うんですが、結局は行政の想像力と実行力が問われた問題だったんじゃないかと思います。
―行政の想像力と実行力ですか。どういうことですか?
行政側が、もう少し地域事情や業者側の反応を考えられればより良い形での移転ができたかもしれませんし、またもう少ししっかり土木業者を管理したり住人や業者の声を聞いて丁寧に対応したら違ったのかもしれません。
―そうですね。豊洲への移転が決定してから足掛け17年、とても長い期間が過ぎましたし、もっと早く、混乱なくできたのかもしれませんよね。やっぱりお金の問題で急ぎたかったのかな?
そうかもしれませんよね。しかも、決定に関して責任の所在も不明確なまま、やらねばならない状況だけが残ってしまいました。都政も何度も変わりましたし、その中で様々に方針を調整し、実行に移すのは大変だったでしょうね。途中、何度も反対勢力が裁判所に訴えを起こしていますし、野党も批判していて進めにくかったでしょうし、与党だって自分で决めたことでもないから責任を取り切れない。
―政治の問題として扱うには、非常に面倒な問題だったんですね。
何せ、あれこれうまくいっても豊洲市場への移転は10年はかかると言われていましたからね。ましてや反対もされ、責任者も変わればなおさらです。
―今回の築地市場のような社会的なインフラって、本当に移すのが大変なんですね。
はい。同様の問題は、たとえば原発であったりとか、国立競技場を作り直すとか、沖縄の基地問題とか、様々なところであるはずです。どのケースでも、やっぱり想像力や実行力をもって、丁寧に進めてほしいですね。
―豊洲市場移転問題は卸市場が移るというだけの問題ではない、深い問題なんだなと改めて感じる機会になりました。社会的なインフラが動く時って、政治的にも、経済的にも様々な影響があるんですね。エーイさん、今日もご指南ありがとうございました。
豊洲市場への移転は完了したものの、その真価が問われるのはこれから
豊洲市場への移転は完了しましたが、その真価が問われるのはこれからです。豊洲市場は2018年10月11日に開場し、順調なスタートを切りました。築地市場の整備や移転については、約30年にわたる議論の末に実現した稀有な例です。ただし、懸念された問題が完全に解決されたわけではありません。今後の展開を見ながら、豊洲市場の評価が行われるでしょう。移転プロセスで生じた問題についても整理しておきましょう。