就活の面接で「土俵から降りて」が話題になったらどうする?
最近の就職活動では、企業側が学生の考えを見るために正解のない質問をし、その考え方や結論を出すまでの過程から学生の特徴を見出す動きが強まっています。そのため、度々繰り出されるのが時事問題に関する質問です。大相撲で「土俵から降りて」という言葉が話題となったことがありましたが、今後の男女均等を考える上でも大きなイシューとなりました。
就活サークルを運営する大学生の酒井君は、この問題について他の学生と違う切り口が欲しいと思い、経営コンサルタントのK・エーイさんに相談をもちかけます。
「土俵から降りて」を議論するなら問題を定義しよう
―エーイさん、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが。
いいですよ。また就活サークルがらみですか?
―はい。就活サークルのグループディスカッション練習で、先日の「土俵から降りて」の問題を題材にしようと思うのですが、やはり部長としては皆と違うキレのある意見を言いたいなと思いまして。
え?それで私に聞くんですか?困ったなぁ。土俵上であいさつをしてた市長さんが病気の関係で急に倒れてしまって、観客席の女性たちが応急処置をしていたら行司から注意を受けた事件ですよね。
―はい。その事件です。テレビや新聞、SNSなどでも「土俵から降りて」問題がよく話題になっています。けっこうメジャーどころの事件は就活でも質問されたり、グループディスカッションの議論のテーマになりやすいんですよ。
じゃあ、学生のみんなで話し合ったらいいと思いますよ。きっと部長の酒井君ならキレのある意見を出してくれると思いますし。
―イヤイヤ、残念ながら僕は議論中は何言ってるかわからないことが多いらしく、悔しい思いをすることの方が多いんですよ。エーイさんなら絶対に学生とは違った話をしてくれると思うので、参考にしたいなぁと思いまして。ぜひ、「土俵から降りて」問題についてエーイさんのお考えを伺いたく、よろしくお願いしたいです。
やれやれ、ですねぇ。
―そんなに困るもんなんですか?「土俵から降りて」問題は、電車の中で中年のオジサンオバサンもあーだこーだ意見言ってましたけど。
そりゃあ困りますよ。だって、こういう時事問題ってたいていは論点が決まってないんですよ。だから、みんな好き放題言えるんです。結局は声の大きい、数の多い方が勝つことが多いですけど、そうなると本当に本質をついた議論ではなくアジテーション(煽ること)がうまい人が勝っちゃう。
―確かに、言われてみるとそうですね。
だから、「土俵から降りて」をディスカッションのテーマにするなら、これを題材に何を話し合うかをまず決めないとみんな好き勝手に話始めてまとまらないし、意見も平行線です。酒井君はこの「土俵から降りて」問題をどういう問題だと思ってるんですか?
―えーと、「『人命救助』が先か、『伝統』が先かの問題」じゃないかと。
そうですね。「土俵から降りて」問題はこれがメインのテーマになるでしょうね。ただ、事はそう簡単ではないかもしれません。このテーマで問題をとらえると、必ず相撲協会側が負けますし、実際謝罪しています。
―そう簡単ではないって、他にも考え方があるんですか?
当然です。物事はそう簡単に白黒をつけられるものではないんです。どういう問題と定義するかで、議論は行き先が変わってくるものなんですよ。たくさんの議論がある中で、一番良いと思われるものが選ばれるべきで、画一的な議論だけで決めるのは良くないですね。
行司の「土俵から降りて」発言は救命したのが観客の女性だったからなのか
たとえばなんですが、「女人禁制」だから「土俵から降りて」と言ったのではない可能性は考えてみましたか?
―どういうことですか?
もし私が警備会社で会場のセキュリティを担当しているとしたら、誰かわからない女性が土俵上の要人たちに近づいている事態について問題だと感じると思うんです。
―そういえば、女性が土俵に上がったその時点ではっきり身元も職業も明らかではないですね。
少なくとも、治療行為に当たる前に「看護師です」「救命医です」など自分の立場を明らかにしていたのであれば、行事から土俵から降りてくださいと注意されることもなく、このような騒ぎにはならなかった可能性があります。しかし、そういった断りも許可も無しに治療行為を始めているわけです。もちろん、救急時の応急処置は誰もが行えるし行うことはできますが、どこの誰かも分からない人に自治体の長にあっさり接近されたことは警備上の大きな問題です。
―なるほど。こういう話をされると、「土俵から降りて」問題は、「『人命救助』が先か、『伝統』が先かの問題」ではなくなりますね。
日本は治安がいい国だから危機感が薄いのかもしれませんが、海外では大問題になる可能性がありますよ。こう考えると行司が「女性は土俵から降りて」と言ったのは、「女性だから」という理由ではなく、土俵に上がった不審者を指す言葉とも取れるわけです。
観客席にいた女性が土俵にあがることに必然性はない
また、大相撲の伝統を考えてみると、やはり神事であり、土俵には男性しか上がるべきではないという考えが長く続いてきました。
―でも、最近は女子相撲もありますし、大相撲の巡業でも幼い女の子が土俵に上がってたりしますよね。
はい、そうですね。ただ、女性の相撲は神事としての相撲ではなくスポーツという見方をするべきだと思いますし、幼い女の子が土俵に上がるのもお楽しみとしての相撲だと思います。行事や神事の場としての土俵とは切り離して考えるべきではないでしょうか。
―同じ土俵でも扱いが違うということですか?
そうです。たとえば、学校の体育館でも掃除や準備などではみんなステージに上がって色々できますが、入学式とか卒業式などの行事中には関係者以外は上がっちゃいけないでしょう?
―そうですね。そういえば体育の時間の前とか、ステージに上がって遊んでた記憶がありますね。機材が多い放送室などは入れませんでしたが、上がるだけなら問題なしでした。
大相撲の巡業は神事であり、最後の挨拶まで含めてひとつの行事なわけです。その最中は間違いなく土俵は「聖域」なので、批判されるような「女性も土俵に上がっている」というような議論は少し違うと思います。
―でも、人命救助は優先されるべきでしょう?
はい。もちろんそうです。ただし、今回の「土俵から降りて」事件では数分のうちには救急が駆けつけていますし、そもそも大相撲ではケガはつきものですから、緊急時の医療体制は準備されています。それを考えると、観客席から彼女たちが出ていく必然性があったとは思えません。
―じゃあ、人命救助をした女性たちが悪いということになるんですか?
悪いとは言いきれませんが、適切ではなかった可能性はあるということです。相撲に対する伝統や神事としての理解、会場の医療体制などにもっとスピードや信頼感があれば、女性たちがこのような行動をとらなかった可能性があります。
「土俵から降りて」は女性差別なのか
―「女人禁制」って言葉がこの話ではよく出てくるんですけど、そういうカベみたいなものがやはり多くあって、それをストレスに感じている人が多いんでしょうか。
そうですね。それがこの「土俵から降りて」問題で最もややこしい問題なんですよね。あの場での行司のアナウンスでは、他に言いようもないのだという気もしますが、女性差別と言われかねない発言になってしまいました。
―でも、「女性は土俵から降りてください」というあの言い方や状況だと、そう受け取るしかないですよね。
はい。大相撲では過去にも自治体の知事が女性ということで土俵に上がっての挨拶や表彰を行うことを断られた経緯があるなど、「男女不平等」と思われかねない部分はあるのですが、横綱審議委員会などの重要な役職には女性の方も入っていました。やはり、土俵の話であり、根本的な男女差別があるとはいいにくいと思います。
―どれだけ角界(相撲業界)のことを知っているかでも、この「土俵から降りて」問題の意見は違ってきそうですね。メディアやSNSでこれだけ角界には男女差別があるというようなことを言われているので、そういうものだと僕も思っていました。
今は他にも男女の不平等について問うような社会問題が多いですから、メディアもこの「土俵から降りて」問題を格好のネタとして用いてしまうんですよね。ただそういった情報に乗っかるのではなく、自分で色々調べてみながら自分の意見を持ってほしいですね。
誰かが突然、目の前で倒れたら応急処置はできますか?
しかし、そうは思いますが、私が思うには市長の周囲の人々に医療の知識があったり、すぐに応急処置を取ることができればこうした問題にはならなかったんだろうなと思います。
―そんな~、実際あの場にいたらできないと思いますよ。僕は絶対ムリです。
いや、たぶん私もムリなんですけどね。でも、これってひとつの問題だと思うんですよ。学校でも多少は応急処置について学びますし、車の免許を取る際などにも学びます。でも、いざという時にできる人ってほとんどいないんです。
―そうですよね。たまにニュースではアクシデントにあった人を救った人が表彰されていますけど、ああいう人ってきっとわずかですよね。
こういうことこそ全年代で常識化されていくべきなんじゃないかとも思うわけです。AEDも知っていたとしても、みんなが使えるとは限りません。消火器も同様じゃないですかね。様々な自然災害なども起こっている中で、応急処置や防災の技術はもっと全年代に広まるべきではないでしょうか。
―それ賛成です。でも、そのためには大変な状況の人や災害がなければならないんですかね?
いや、こういう時こそ、VR(仮想現実)の技術を使うことができるんじゃないでしょうか。新しい技術が万が一に備えるための環境を作ってくれることで、ひとつでも多くの命が救われてほしいですね。
―すごい!さすがエーイさん!まさかこの「土俵から降りて」の話題からVRの話が出てくるなんて思いもしませんでした。言われてみると、VRがもっと普及して手軽になれば、こういった経験しにくい事態にも備えやすいですね。ひとつのテーマから、いろんな考え方が出てくると面白いし、タメになりますね。
「土俵から降りて」の質問でわかる企業が求めているものは多様性
酒井君、就活で「土俵から降りて」など、こういうテーマで議論をさせている企業の意図ってわかりますか?
―え?学生の考え方を知るためじゃないんですか?
はい。単純に言えばそうなんですが、これからの企業は多様性というのがひとつのポイントになります。様々なバックグラウンドの人がいて、ひとつの場所でチームワークをもって活躍してほしいと考えているわけです。
―それが就活での議論と何が関係あるんですか?
閉塞感のある状況というのは、同質化によって生じやすいんです。同じ考えの人ばかりになると、同じことしかできなくなっていき、成長が止まってしまうんです。だから、できるだけいろんな考え方ができる人を入れていきたい。でも、周囲とうまくいかないリスクがあるから、そのバランスが良い人材を探したい、そういう心理があります。だから、その人の考え方や話し方、振る舞いからいろんなところをチェックしているんです。
―なるほど。いろんな点が評価の対象になっているんですね。他の人と違った考え方の方がいいってことですか?
それは企業によります。同じ方向性でもより深く考えられる人がほしい会社もありますし、一般的と思われる感性の人を求めている会社もあります。もちろん奇抜な発想のアイデアマンを求めている会社もあります。ただ、共通しているのは、論理的に話せることは求めていますが、屁理屈は求めていないということですね。
―屁理屈?
屁理屈というのは「本来は言うべきないことを言って理屈をつけたがる」ことですよ。たとえばこの「土俵から降りて」問題に対して、「そもそも市長があいさつをすることが権威主義的」とか「健康状態に関する問題を隠して登壇し、大きな迷惑と心配をかけた市長は即刻辞めるべき」とか、そういうことですね。まあ「相撲協会の体質が古い」もそれに近い気がしますけど。
―機に乗じて言いたいことを言うってことですかね。確かに聞いてて気持ちのいいものではないですね。
はい。少なくとも、倒れた方がいれば労わるのが人情で、即刻批判するのはいただけないですね。ただ、ちょっと奇抜で賢い人って悪気なくこういうことしてしまうことがあるので気を付けないといけませんね。自分が話す内容には、自分のモラルが映し出されますので。
―何だかいろんな話になりましたが、やっぱり「土俵から降りて」問題を聞いてみて良かったです。いろんな観点でお話を伺うことができると、それだけでも自分がレベルアップした気持ちになりますね。ぜひまたお話させてください。ありがとうございました。
「土俵から降りて」問題を議論するために論点と意見を用意しよう
就活において時々問われる時事問題。知らないと当然答えることはできませんから、普段から時事問題については関心を持っておきましょう。また、意見を述べる際には、まずは何について話をしようとしているのか論点を明確にし、その上で自分の意見を論理的に話せるよう準備しておきましょう。